モトゴシップ|ウエストン・パイク現役引退

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2010年のプロフル参戦時から完全なプライベーターとして奮闘、ファクトリーライダー達を相手に「ネバーダイ精神」で戦い続け、2015年に念願のファクトリー契約を獲得。時にはライバルたちとのいざこざも起こしながらもタフなレーサーとしてのキャリアを築き上げてきたウエストン・パイクが現役引退を発表。AMA界随一の「漢」キャラとして非常に人気の高いライダーでありました。

 

 

JGRスズキとのファクトリー契約5年目を迎える直前のフランスでのスーパークロスで頭部、足に大怪我を負います…。特に顔面へのダメージはひどく、眼窩底骨折含む広範囲の顔面骨折により眼球は完全視力を取り戻すに至りませんでした。これが、直接的な引退の原因に至ることに。

 

引退表明ビデオでは、パイク自らが語る苦難と成功のレースキャリア、フランスでの負傷後の詳細、SX史に残るフリージーとの「事件」等、当時の映像や写真と振返ります。苦難を共にした父親の涙にも胸を打たれます。エンジョイ!

 

 

全米最大アマチュア選手権ロレッタ・リンで、多くのファクトリーサポートライダー達を破りながらも有力チームからのオファーは来ずに父親とプライベーターとしてのプロキャリアを2010年から、スタート。レースの資金繰りに苦労し、借金や手元の物を売りながらお金を用意したり、マシンを乗り換えたりと苦労と迷走の中でのレース参戦。2014年のAMAモトクロスから、負傷欠場のジョシュ・ヒル代役としてRCHスズキ加入。ここでの実績が2015年からのJGRスズキ(当時ヤマハ)との正式契約に至ります。

 

負傷も多かったのですが、パイクはファクトリー契約後にAMAスーパークロスで表彰台登壇まで上り詰めます。スポーツ界、特にアメリカ人は映画『ロッキー』に代表されるようなスポ根系成り上がり・逆境から這い上がるストーリー大好きですから、パイクのこれまでの人気にも納得なのです!

 

因みにコメントで、ジャパンスーパークロス開催キャンセルの黒歴史にも触れられています。その直後にスケジュールの空いたパイクのもとへフランスでのスーパークロス参戦オファーが舞い込み翌日には渡仏だったとのこと…。

 

 

少し前の話にもなりますし、あまり広く知られていないようなのですが…。

 

2014年のRCHスズキ加入時の裏話が胸アツ。AMAモトクロス開幕に先駆け、AMAスーパークロス後半戦からのRCHスズキ代役加入のオファーがあったそうですが、これまで支えてくれたスポンサーへの感謝の為にも、AMAスーパークロスだけはプライベート参戦を継続させて欲しいというのが、RCHスズキ加入時のパイク側からの条件だったそうです。

 

アマチュア時代からファクトリー契約を渇望し続けてきた苦労人が遂に掴んだチャンスなら、AMAスーパークロス期間中に即RCHスズキ移籍を選択してもパイクを責められないという意見が大半だと思いますが、そこでパイク親子が選択したAMAスーパークロスを終えるまでは「プライベート参戦を継続」というスポンサーへの感謝と義理。もうこれは「仁義」と言ってしまって良いでしょう! 風貌やアグレッシブなレーススタイルだけでなく、その心意気まで「漢」と呼ぶに相応しいライダーでした。

 

 

まだまだ志半ばでの現役引退という決断だったはずですが、記録にも記憶に残るライダーとして、パイクのレースキャリアは「アメリカンドリーム」的に語り継がれていくことでしょう。

 

パイクのレースキャリアを語るに欠かせない過去記事を以下にまとめました。現代レースシーンでは型破りなパイクのレーサーとしての軌跡を是非ともチェックすること強くオススメし〼

 

AMAスーパークロス事件簿|ウエストン・パイク VS ヴィンス・フリージー
【SX中継特集コーナー】ウエストン・パイク物語

Suzuki Racing


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