モトトーク|YAMAHA FACTORY RACING TEAM 増田智義 監督 vol.2
特に決まったテーマを設けずに、モトクロスやオフロードバイクを愛する様々な方にご登場いただきまして、その想いや情熱、思考を自由な形で共有していこうという企画「モトトーク」。
モトトーク|YAMAHA FACTORY RACING TEAM 増田智義 監督
反響大きかった初回(上記記事リンク先)に続いて登場いただくのは、全日本モトクロス選手権に参戦する YAMAHA FACTORY RACING TEAM 増田智義 監督。元ヤマハファクトリーライダーとして全日本モトクロス選手権で優勝多数。マシン開発にも携わり、国内でのモタード界でも黎明期からトップライダーとして活躍してきた「ジョーズ」のニックネームと豪快なライディングで知られる日本を代表するレース界のレジェンドでもあります。
今回も増田監督に現在のレース界についてではなく、あえて国内における「モトクロス文化」という観点からのお考えについてのお話をお伺いしています。テーマはズバリ「モトクロスライダーのセカンドキャリア」です!
「プライドを捨てることが私のプライドです。」
モトクロスのレースライダーを辞めてから幾度となく訪れた人生の転機で悩んだ時に、ふとテレビで見た、偉人の言葉です。私は身の丈も知らず、とてもプライドが高く自分で自分のできる範囲や行動をいたずらに狭くしていることに気づかせてくれた言葉でした。
自分に自信をもって恐れることなく、ひざまずいてでも目的を達成する。それこそが自分のプライド。目的、目標を達成するためには自分のプライドを捨てることこそ必要なのだと。
ケガで現役を退いた後、家族や自分の仲間のために他の人生を選択しなければいけなくなった時に仕事でいろんな壁にぶち当たりました。プライドを捨てるということは簡単なようでかなりきつい時もありました。
今までは自分のために周りが動くのが当たり前だった世界でしたが、モトクロスで速く走るスキルなど何も必要としない一般の社会人として働くわけですから、我慢しなければいけないことや自分ではどうにもできない様々な問題、課題が降りかかりました。
そんな時、私はライバルとの激闘や過酷なレース展開、どんなにつらくてもアクセルを開け続け、1つのミスも許されない状況を思い出したものです。全てのスポーツの中でも運動量、体力の消費量が極めて高いと言われるモトクロス競技をしてきた自分ならどんなつらい状況でも、どんなに高い壁も乗り越えられるはずだと自分に言い聞かせました。
いい加減にモトクロスしていたのなら、このような考え方もできなかったかもしれませんね。
それでも、私も弱い人間だと実感したことが幾度となくありました。挫折や失敗を繰り返してしまいます。自意識過剰で高圧的な態度をとってしまったり、自己中心的、怠慢、打算的であったり。人と戦うことがすべての人生を送ってきてしまったが故に周りの人とうまく関わっていくことが苦手でした。今でもそうですが、ぶつかることも多々ありました。レースで経験するつらさとはまた異なったつらさです。
そんな時でも「負けたくない!」という強い意志と「どうにかこの事態を攻略してやる」という思い、そして家族の助けで今日までいろんな壁を乗り越えてきました(実は今も奮闘中、葛藤中ですが、日々精進です)。人生ってモトクロスと一緒だなとつくづく思います。
「負けたくないと思う強い意志」、「現状を打破するための思考能力や行動力」、「家族や仲間の支え」。モトクロスが私を成長させてくれたし、その後の伸びしろ、社会への適応能力、そして忍耐力も与えてくれたと感じています。
レースで悪いラインを通っていたらラインを変える。後半ペースを維持できなかったらトレーニングをする。人生においても社会人としても同じこと、うまくいかなければ言い方や対応を変えて、うまく物事が進まなければ色々調べて自分のスキルアップを図る。
人より秀でるという目標から、業務をこなすという目標に変換できればレースをしていた時のようにその後の人生でも自分らしく生きていくことはたやすいかもしれません。
人は変われないとよく聞きます。でも行動を変えることは出来るはず。モトクロスで培った自分の中にある誇り(プライド)は持ち続け、環境や目的のために行動を変えることこそがプライドを捨てるということの本当の意味かもしれません。
皆さんもしっかりモトクロスと向き合えていますか。勝つこともあればもちろん負けることだってあります。そんな時、マシンのせいや、ライバルのせいにしていませんか。また自分の置かれた環境、家族やチームのせいにもしていませんか。
誰でもおかれた立場や、生まれ育った環境に差はあります。そのうえで自分が精いっぱい頑張ることが大切です。そしてその頑張りは必ず報われます。
私たち「ファクトリー」と呼ばれる会社専属のチームはもちろん最高の環境でレースができるチームですがどんなライダーでも速く走らせることのできるチームではありません。こんなことを監督の私が言うのもなんですが、勝つか負けるかはライダー次第です。勝てるライダーとは、勝ちたいという思いが強いライダーだと思います。
育成チームでは話は別ですが、私たちファクトリーチームのスタッフは、彼らライダーが出したいと願うパフォーマンスを安定して「100%」出しやすくしてあげることが業務です。願わなければ、そこまでの結果しか出させてあげることは出来ません。結果はライダー次第です。
練習やテストの光景をよく見てください。一番真面目で、そして愚直なまでに真剣なのはプロのライダーたちです。それは走行周回数もテストアイテム数も桁外れに多く、勝つためには妥協をしません。プロとそうでないライダーとの差はそこです。
テストの時などコースサイドで見ていると、たまにプロライダーより頑張りを見せているライダーを見つけることがあります。誰よりも早く走りはじめ、真剣にメカニックの話を聞き、関係者にもしっかりと感謝の気持ちをもって対応している。遠くで見ているので立場や関係性、話の内容などはわかりませんがそのライダーの視線や立ち振る舞い、走りで見えてきてしまうものです。速くなりたいという思いの強さがそうさせるのでしょう。
はじめは誰しも能力が低く、すぐに結果は出ません。しかし、その思いや願いが続く限り必ず変化が見え、頭角を現してきます。プロのライダーたちもそんな時代が必ずあります。そんな試練を乗り越えたライダーがプロとして通用するようになるのだと思います。
プロのライダーではない限り、仕事や勉強があり、モトクロスにかける時間的部分や部品代や遠征費など金銭的な部分でのハンデは否めないです。しかし、その環境や境遇の中で最大限の努力ができるかできないかでモトクロスのスキルアップに影響してくるし、前途したその後の生き方にまで関わってくると感じています。
過酷なモトクロスこそ人間性を磨くことができる素晴らしいスポーツであると信じています。
いつも謙虚でいること、おごることなく正直に真っすぐ真面目に物事に取り組めること。これってモトクロスだけでなく他のスポーツでも、上を目指すためには必要な精神です。またそれは、それ以後の人生もより良いものにするために必要な心構えです。
ひとりひとりの境遇や環境は異なりますが、自分の人生に当てはめて考えてみてください。勝つことだけがすべてではありません。どのようにして勝つか。勝つためにどのような努力をしたか。これこそが一番大事です。
勝つことが目的のファクトリーチームですが、私はいつも言っています。勝てばいいわけではないと。
それは勝たなくてもいいわけではなく、そのライダーのその後の人生がもっと輝けるような戦い方をすることが、勝つための近道だと考えているからです。自分が納得でき、見ている人が感動するレースをした人がその日の勝者、1位になっていることが多いです。
しかしながら、どんなレースも1位をとれるのは1人だけです。でも、ひとりひとりの人生において勝ちとは1番だけではないと思います。自分に勝つこと、それこそが勝利だと考えます。
きれいごとのように聞こえますが、自分らしく精一杯努力する。真剣に戦うことができれば、自分の未来にきっとつながっていくでしょう。
今、モトクロスに打ち込んでいるすべての人に言いたいこと。あなたの頑張りは決して無駄にはなりません。今しっかり全力を出すことが正義です。まだまだ人生の助走区間です。
人生の壁にぶち当たった時、地べたを這いつくばっても最後まで走り切るために、今は精いっぱい頑張り、そして誰からの視線、偏見があったとしても「勝ちたいと願う強い気持ちは揺るがない」そんなプライドを身に着けてください。自分らしく。
応援しています。
多分、あのころの自分に言ってあげたいのかも(笑)。
あきらめない強い気持ち、へこたれない精神力、人並外れた向上心、どんなことにも柔軟に対応できる人材はどの世界でも通用するでしょう。
それを証明するため私自身も頑張って、後進に譲れる道を作っていきたいです。
モトトーク|YAMAHA FACTORY RACING TEAM 増田智義 監督