モトトーク|「JO SHIMODA Story」下田陽一 vol. 2
特に決まったテーマを設けずに、モトクロスやオフロードバイクを愛する様々な方にご登場いただきまして、その想いや情熱、思考を自由な形で共有していこうという企画「モトトーク」。
ニューモト上コンテンツの中でも毎回大好評、下田丈選手の父親である下田陽一さんのインタビューを今回も行いました。
モータースポーツの世界で最も注目されるレースのひとつ「AMAスーパークロス開幕戦アナハイム」。苦汁を味わった昨シーズンから、2025年の開幕戦で優勝を果たし、改めて「下田丈、ここにあり!」を世界に強烈に印象付けた翌週の骨折… という不運なアクシンデント。文字通り「山あり谷あり」な激動の序盤戦を「Team JO」として一番間近で支えた父親の下田陽一さんに率直にお聞きしました。
新拠点フロリダへの移転から、シリーズ続行中の現在に至るまで「父親目線」から語っていただいた内容は、我々レースファンが想像していたものを越えてくるリアリティとドラマチックな胸アツなエピソード満載です。事件の裏では何が?!
エンジョイ!
【シーズンオフについて】
ニューモト:カリフォルニアからフロリダへの拠点移動は、生活環境の変化が大きかったと思います。新しい環境でオフシーズンの取り組みや練習方法にどのような変化があったと感じましたか?
下田陽一:フロリダのサンドボックスへはその昔FCホンダ時代に数ヶ月滞在したことがあり大体のイメージは理解していました。ただ今回は完全に拠点を移すということで沢山不安要素がありました。例えば住居はどうするのか?完全に一人になるので食事管理はどうするのか?メカニックはどうするのか?マシンテストはどうして進めるのか?こういった事を2ヶ月という短いオフシーズンの間に全て決めてしまわないと支障をきたすわけてす。ただ日本からアメリカへ拠点を移してきた我々ですからやると決めたらサッサと進めてきましたが。。サンドボックスではスーパークロスが土質別に2面と広大なナショナルトラックが整備されておりロクスンやキッチンなど速いライダーと練習できるのでとてもいい環境です。しっかり乗り込みに集中できている様です。
ニューモト:丈選手はこの環境の変化に対して、最初どのような反応を見せていましたか? その中で、父親として「成長した」と感じる瞬間はどんなところにありましたか?
下田:22歳ですしバタバタすることも無く慣れたもんです。マシンに対しては神経質ですがそれ以外はあまり細いことは気にしないみたいです。私は今回初めてクレアモントに行って初めて行く街に戸惑いを感じたり、施設に対してCAのパブリックコースとの違いに圧倒されましたが、丈はそんなことも無く早朝から自転車トレーニングに出かけ決まった朝食を食べてサンドボックスで練習する。ライディングのない日はジムをして、帰ったらチキンを焼くというルーティーンを淡々と繰り返してました。その後ポッドキャストやSNSの取材やオンラインミーティングの対応と日々忙しくしてる様でした。食事も制限し地道なトレーニングとスーパークロスの恐怖に耐え、休みは一日だけというストイックなことを自己管理しているところを見るともはや尊敬でしかないです。表側のレースでの華やかな振舞いより、裏側に成長を感じました。
【開幕戦アナハイム1の優勝について】
ニューモト:シーズン開幕前、丈選手陣営としてどのような開幕戦を理想としてイメージしていたのでしょうか? 全ラップ首位&ベストラップ記録という完璧な勝利でしたが、その結果を受けてご家族や丈選手の感情面にはどんな変化があったと感じましたか?
下田:もちろんファクトリーライダーとしてチャンピオンを獲りに行ってますから、勝ったところで当たり前なのですが、開幕戦からリードできたのは大きかったです。拠点をフロリダへ移しスタートを中心にマシン作りや乗り込みをしてきたこと、そして新しいフィジカルトレーナーとタッグを組んで体重をしっかり管理しながら栄養管理、身体管理をしてきたこと全てが間違ってなかったんだと確信しました。
ニューモト:後に丈選手と交わした会話で、印象に残っているものはありますか?
下田:「このままチャンピオンまで行くぞ!」みたいなことを言ったように覚えてます。
【第2戦サンディエゴでの骨折について】
ニューモト:予選中のアクシデント発生時、父親として何が起きたのかすぐに把握できましたか? 怪我が判明した瞬間、どのような気持ちでしたか?
下田:タイムドクオリファイ序盤タイムが出ていなくて途中でピットへ入ることはよくあるので正味あんなことが起こっているなんて全然気づきませんでした。そのうちパドックに戻って行ったので「マシントラブルかなんかあったのかなぁ?」程度としか思いませんでした。パドックへ戻ると大騒ぎになっていて、オフィシャルの動画で他チームのピットボードが丈の左手に当たるところが映し出されていて、丈はメディカルチックを受けているとのことでした。しばらくして帰ってきた丈から「骨折してる」と冷静な顔で報告を受けました。
ニューモト:怪我を抱えながらもレース強行出場を決断した丈選手を見て、父親として何を感じ、どのような言葉を掛けましたか?
下田:私的には正直走れる様な状況にないと感じていました。薬指ははっきりわかるほどヒビが入り小指は完全に骨折して指が歪んでいる状況でした。なので「残念やけど治療に専念してアウトドアにフォーカスしよう。」と話しました。しかし丈は「いける」と、開幕戦を優勝してポイントリーダーですし、2、3レース凌いだらなんとかチャンピオンシップは狙えると考えたんでしょう。確かにレースは何が起こるか分かりませんから。「じゃあドラマにするのは自分次第や。」と送り出しました。
ニューモト:予選後からレースまでの間、パドックでどのようなサポートが行われていたのでしょうか? また、丈選手が痛みに耐えて戦う姿を目の当たりにした時、父親としての心境にどのような葛藤や想いがありましたか?
下田:チームドクターとフォックスの担当者でまず骨折した小指が外側へ曲がっていくのを止めるのにテーピングでしっかり固定しグローブを加工し痛み止めを注射しました。ヒートレースは無理をせず9位以内でゴールするようにして、もう一回打てる痛み止めをメインレースの直前のタイミングで打ってできるだけポイントを取りこぼさないようにするという作戦でした。丈は出走に向けて淡々と進んで行くので「無理するなよ」とかでなく「とんでもない奴や」と思いながら見守っていました。
【骨折したままシリーズ参戦を継続する決断について】
ニューモト:過去の例を振り返ると、タイトルを諦めて治療に専念やAMAモトクロスシリーズに照準を合わせるプランもあったと思われます。下田:やはりチャンピオンを取らないといけないという強い思いが一番だと思います。過激なスポーツですから今までも怪我のない完璧なコンディションでレースできる方が少ないわけですから、指ぐらい、小指ぐらい、と思ってしまうところはあるんです。しかし今回は完璧にボッキリ折れてしまっていたので正直厳しいなと。けどレースすると決めたので、あとは何位ぐらいでフィニッシュできるか、何ポイントぐらい離されそうかなどシュミレーションをしました。
ニューモト:骨折を抱えながらもレースに出場する息子の姿を見て、どのような想いで見守っていますか?「無理をさせすぎないように」といった親心と、「挑戦を応援する」気持ちの間で、どのようにバランスを取っているのでしょうか?
下田:今回の事故でさらに冷静さとタフさが身についたことを感じたのであまり心配はしていません。自分で考えて判断してやっていることなのでレースするからにはひとつでも上の順位で1ポイントでも多く取ってこいと応援するだけです。あとは「何割まで回復した?」「もうイケるか?」と捲し立てるばかりです。笑
【困難を乗り越える力について】
ニューモト:渡米を決意した幼少期から、家族として数々の困難を乗り越えてきたと伺っています。今回の怪我や苦境を乗り越える上で、その過去の経験がどのように活かされていると感じますか?
下田:何かしようとすれば何か問題が発生するような環境でしぶとく諦めずにやってきたことで、タフさを身につけました。多少の事では動じません。今回はさらにタフさに冷静さを加えて成長を感じました。
ニューモト:例えば、幼少期の丈選手が困難を前向きに乗り越えた経験の中で、今回の状況にリンクするようなエピソードがあれば教えてください。
下田:65ccでアメリカチャレンジを始めた当初2月から6月までかけて全米アマチュア選手権(ロレッタリン)の予選を戦いやっとの思いで夏の決勝レースの切符を手に入れ一時帰国した際にスポット参戦した地方選でクラッシュに巻き込まれ両手首骨折をしたことがありました。よそ向いた手首の痛みより、何度も「もうロレッタ出れへんの?」って悔し泣きしたことが今までで一番辛かったです。持ち越しになった翌年の初ロレッタリンは3位の成績でした。
ニューモト:丈選手が逆境を乗り越える強さを培った背景には、どのような家族のサポートや考え方があったのでしょうか?
下田:アメリカのライバル達モトクロスファミリーの情熱に刺激を受け、私たちが異国でのレース活動という逆境の中を諦めず押し進んできたところを丈は物心がついた頃からずっと一緒に生きてきたわけです。もしかすると逆境など普通のことで苦労の多い境遇ということが分からないのかもしれません。私たち親もアメリカのアマチュアモトクロスの世界が強烈すぎて麻痺してしまってたのでしょう。私も逆境ってあまり分からないんです。
下田丈選手骨折とその後の苦闘の背景について、多くのレースファンが気にしていたことでしょう。キッズ時代から逆境を乗り越えて掴んだ世界最高峰の舞台から、チャンピオン獲得への熱い想い。父親として丈選手の成長を見守りながら、レーサーとしてリスペクトし絶対の理解者という立場から息子を支え続ける下田陽一さんの言葉やその裏側にある想いの強さに今回も胸を打たれました。
下田丈選手が参戦するAMAスーパークロスは終盤戦に差し掛かるところ。シーズン序盤の指骨折から徐々に本来の調子を取り戻してきているのはレース中継からも確認できるほど。これまでのように逆境や苦難を乗り越えて再び勝利を手にする日はそう遠くないと父親である陽一さんのお話から確信できました。5月下旬開幕のアウトドアシリーズ、AMAモトクロスも含めてまだまだ日本から下田丈選手に熱い声援を届けましょう!
Honda Racing Corporation